多分野活動領域とつながるための第1回交流学習会

〜暴力防止のためのいろいろな試み
 <オーストラリア編・大学編>〜(2)

オーストラリアにおける移民への支援とDVのへの取り組み

子育て支援ケースワーカー 仁科純子さん

 簡単に自己紹介をしたいと思います。現在はオーストラリアのアデレードで子育て支援の仕事をしているソーシャルワーカーです。日本では市役所や町役場で女性相談を担当していました。そのなかで痛感したのはDV被害者である女性が逃げることの難しさ、大変さ、そして逃げることによる不利益の大きさ、避難をとまどう理由となっている経済的自立の難しさでした。

 2008年にアデレードに移ってきて、子育てのかたわら大学院でソーシャルワークを学びました。難民支援団体や若いホームレス女性と子どものシェルターで実習をしました。現在はケースワーカーとして親子の面談、子育て講座、親子グループの運営をやっています。私自身が外国人という立場ですので、クライアントはアジア、アフリカなどからの移民の家庭が多いです。そういう方たちと最長1年間のケースワークをしていく仕事をしています。

オーストラリアの歴史と文化
 オーストラリアというと多文化社会というイメージがあると思います。この大陸にはもともとアボリジナルいう先住民族がいました。300近い国に分かれていて、言語も文化もそれぞれ異なっていました。この先住民族文化は6万年以上前から現在まで続いていて、世界で最も古い現存する文化と言われています。19世紀からイギリス人による侵略が始まります。第二次世界大戦後から60年代くらいまで、オーストラリアは大量の移民を受け入れてきました。ですが、政策的にはアングロサクソン系の白人中心の政策が展開されてきました。それが70年代に入って、カナダに習って多文化主義に切り替わっていきます。ここで言う多文化主義は多様な言語や文化を肯定的にとらえて承認して、その保護と発展を政府が後押しする、サポートすることです。

 オーストラリアの文化の多様性は、270もの文化から構成されています。1975年には人種差別撤廃法が採択され、法的にも人種差別を無くしていこうという動きが強まってきました。文化の多様性の内訳としては、20パーセント近くの家庭で英語以外の言葉を使っています。そして4人に1人が海外生まれ、そしてほぼ半数にあたる46パーセントが海外生まれの親をもっています。海外生まれの人のなかでイギリス生まれの方が一番多く、ニュージーランド、中国、インド、ベトナムという順番になっています。移民の経済貢献としては、定住してから最初の10年間でおよそ8000億円の経済貢献をしています。

 2015年から2016年の統計で移民の主要な出身国トップ10 (ニュージーランド籍の移民を除く)で最も多いのはインドで、中国、イギリス、フィリピン、パキスタン、ベトナム、ネパール、アイルランド、南アフリカ、マレーシアという順になっています。

移民としての個人的体験
 移民としての個人的体験としては、最初の5年くらいは生活に慣れるまでとても大変でした。一番大変だったのは言葉の壁でした。それに伴ってシステムの違いによるとまどいがありました。金融機関のシステムや子育てのシステムの違い、医療のシステムも違います。その国のシステムを一から学び直すのは、大変とまどうことでした。

 同時に孤独感、喪失感があり、これまで日本でつちかってきた家族や友人との人間関係から分断されるのは大変なストレスで、最初の頃は落ち込むことがありました。また、子育ての面では家族や友人からの直接のサポートが得られない、得にくいこともあって、孤軍奮闘という形での子育てを強いられてしまうというマイナス点はあると思います。ストレスによる精神面への影響として、こちらで希望を持ち続けるということはすごくしんどかったです。「ここであきらめてはいけない」「ここで言葉やシステムを学んで、自分は何を活かしていったらいいのか」ということなどを模索せざるを得ませんでした。

 就職の難しさもありました。推薦状を書いてくださる方がなかなか見つからないのです。また、自分のこれまでのキャリアがこちらではなかなか認定されないことがあり、かなり歯がゆい思いを体験しました。

多文化主義の根底にあるもの
 多文化主義の根底にあるものの1つ目は、文化の多様性を尊ぶことです。伝統文化や言語、プライドを尊敬し、継承していくという意識です。異文化を尊重し、理解し学ぼうとする姿勢は、Culturally competentもしくはCulturally sensitiveと言います。2つ目は、アングロサクソン系主流の白人の文化、宗教観、価値観を押しつけないように、相手の文化を知って理解し、尊重しようという姿勢だと思います。この2つが多文化主義のなかでは一番重要視されていると感じています。

 実際に移民へのどんなサービスがあるか。まず英語教育です。大人向けには政府によって510時間を上限とする無料の英語教育が提供されています。職業訓練コースもあり、高齢者福祉や障害者福祉の資格を英語のコースと一緒にとれるようなクラスも用意されています。重要なのは無料の保育が提供されていることです。AMEP(The Adult Migrant English Program)という英語学習プログラムに無料の保育をつけることができます。

 また、各種の定住支援、例えば住宅、就労、子どもの教育、ビザ問題、経済的支援といった様々な定住支援がいろんな団体によって運営されています。政府がNPO法人などに資金を出して、資金を受けた関係諸機関がサービスを提供する形になっています。代表的なものでは赤十字社、また難民支援機関、宗教系の支援機関も活動しています。

ボランティアによるフレンドシップ・プログラム
 移民への支援のなかで増えているのがボランティア主体の支援プログラムです。この例として、ボランティアによるフレンドシップ・プログラムというものがあります。ボランティアが講習を受け、必要な知識を身につけて、1ヶ月に6時間、1週間に1回などという形で移民家庭を訪問します。最短で6ヶ月くらいは続けるという条件でスタートします。

 この利点は職業的な支援ではなくボランティアによる支援なので、週末、お互いの都合が良い時に会えるなど融通が利くことです。職業的な支援者の場合は9時から5時まで、月曜から金曜日までと、対応できる期間や時間が決まっていますが、ボランティアの場合はもう少し融通が利きます。また、友情に基づいた持続関係ができ、長期にわたって関係が持続して友人としてサポートしあう形に移行するケースが多いです。移民を支援したいと思う人たちと、オーストラリア人と知り合いたいという移民との架け橋になるプログラムです。最近は、こういうプログラムを導入する団体も増えてきています。

 私が在籍している子育て支援のチームの目的は、子育てに関する問題への早期介入です。それによって児童虐待などを未然に防ぎ、子どもたちの発育と発達をサポートしています。子育てに関するあらゆるサポートをしていて、コミュニティに既に存在しているサービスにつないだり、リスクアセスメントをしたり、子育てに必要な知識やスキルを学べる講座を開催したりしています。

 親御さんたちはいろんな問題をもっていて、大きなものとしてはメンタルヘルスの問題、DV、ファミリーバイオレンス、面前DV(子どもたちがDVを目撃して影響を受けてしまう)です。日本でもそうだと思いますが、DVは児童虐待のカテゴリーに入るものとして扱われています。その他貧困、ホームレス、薬物依存、アルコール依存、親自身の生育歴によるアタッチメント不全などの問題が顕著になっています。

移民女性が直面する問題
 私の場合は移民の家庭をサポートすることが多いですが、そのなかで移民女性が直面する問題をまとめてみました。女性が出産や子育てのために家にいて、男性が外で働く、または勉強するようなケースが多いのです。そうすると女性が外の世界となかなかつながることができなくて、言葉の上達も妨げられ、経済的にも夫やパートナーに依存する形になってしまうこともあります。

 暴力の問題では、メインストリームと言われる従来のオーストラリアのシステムのなかでのDV被害者へのサポートにつながることがなかなか難しいです。言葉の問題もありますし、文化の壁、心理的な壁も大きいです。また、ビザの問題もあります。被害者が、配偶者向けの仮の永住権を与えられている場合に、離婚すると国外退去になってしまうのではないかという心配もあって、DVの問題が表面化しないことがあります。

 子育てにおける困難としては、オーストラリアと母国の文化が違いますから、そのギャップ、子ども世代、親世代の考え方が合わなくなって意思疎通が取れなくなってきます。また、親が英語がよくわからないと子どもが親をばかにしたり、親を恥ずかしいと思ったりして、大人と子どもの間で優位が逆転してしまうケースもあります。さらに、家族や友人からのサポートが得られない場合が多いですから、孤立したなかでの子育てが問題になっています。

DVの現状と暴力を許さない社会への取り組み
 DVの現状については政府によるデータがあります。1年間平均して1週間に1人の女性がDVによって殺害されているというデータがあります。職場では5人に1人の女性がセクハラに遭っています。ドメスティックバイオレンス、ファミリーバイオレンスは、女性と子どもたちがホームレスになる一番大きな要因であることが明らかになっています。また、4人に1人の子どもがDVを目撃するという形でDVにさらされているという統計があります。

 暴力を許さない社会への取り組みはどうなされているか。被害者支援としてStaying Home Staying Safeというものがあります。DV被害者である母子が安心して同じ家と同じコミュニティに住み続けながら暴力から逃れることがベストであるという考え方で、それが基本になっています。家にアラーム装置を付けたり、鍵の付け替えをしたり、玄関や窓のそばにセンサーライトをつけたりする「ホームセキュリティ・パッケージ」ができていて、必要に応じてパッケージを設置するという動きがあります。また、緊急時にすぐ対応できるようにプランニングし、必要なサービスを提供することを通して、母子が安心して住み続けられることをサポートする取り組みがなされています。

 ファミリーセーフティーフレームワークは、点でなくネットで支えるという考え方です。例えば警察や児童保護機関、公的な住宅機関、法務局、精神保健機関、DV支援機関などが連携をとりあい、情報交換をしながら深刻なDV被害に遭っている家庭をサポートするのです。これは警察が主体になって関係者を招集して定期的にミーティングを開催します。ハイリスクのDV被害の家庭について関係者情報交換し話し合って対策を立てます。

 No wrong doorは、支援者がどういった扉をたたいても全て被害者支援につながるようにするという考え方です。1つの団体のなかでも連携をとって、助けを求める声が上がったときに必ず必要な支援につなぐということです。

 母子支援は私のチームでもやっています。暴力連鎖を予防し、子どもたちや母親のトラウマをよく理解して、そのトラウマをどう癒やしていったらいいかというサポートをします。子どもたちには遊びを取り入れたプログラムがたくさん開発されています。

 加害者支援としては心理教育プログラムがあります。男性向けが多いですが、暴力が再発しないような加害者向けのプログラムを私の職場でもやっています。子育て講座としては、愛着の問題や安全な親のあり方、安心感をどう子どもに提供するかという講座をやっています。

ホワイトリボンキャンペーン
 ホワイトリボンキャンペーン」も大きな流れとしてあります。これは男性が主導して男性に向けてアピールしようということで、暴力の問題を開いていこうという動きです。

 文化そのものを変えようという動きもあります。ねらいとしては女性への暴力の予防と、男性社会の暴力を容認するような文化を変えることです。この運動には2つの目標があり、1つは女性への暴力を無くすこと、2つめがDVへの理解を広めることです。

 このキャンペーンではホワイトリボン大使(アンバサダー)の方たちがそれぞれの職場や学校、コミュニティなどでホワイトリボン運動を展開しています。例えば職場での取り組みとして、アンバサダーが自分の企業に持ち帰ってホワイトリボンの認定企業の条件を満たすように働きかけるのです。その認定には条件があり、たとえば年3回、暴力を無くす啓発のイベントをすることなどです。詳しくはURLをご覧ください。

 ホワイトリボンの認定の条件を満たすと、ホワイトリボン認定企業になります。オーストラリアでは現在122の職場が認定澄みで、国内では60万人が職場プログラムに参加しています。私自身もホワイトリボンのプログラムに参加しました。この他学校の教員向けの研修、大学やプロのスポーツクラブでのキャンペーンなども行っています。

 以上、オーストラリアでの移民への支援とDVへの取り組みについて紹介させていただきました。移民をどのように社会に受け入れていったらいいか、暴力を無くすにはどうしたらいいか、今の話が何らかの形でお役に立てば嬉しく思います。どうもありがとうございました。

西田
 ありがとうございます。続けて鈴木先生、よろしくお願いします。


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