多分野活動領域とつながるための第3回交流学習会

虐待の社会的コストからDVを考える

花園大学社会福祉学部児童福祉学科 准教授
和田一郎さん

虐待の現状と課題
 昨年、児童福祉法の改正が行われ、児童虐待の問題は大きく変革しました。虐待の通告件数が毎年増加し、死亡事例もたくさんあるにもかかわらず、子ども虐待はなかなか社会問題になっていませんでした。
 私が研究を始めたのは2012年頃ですが、現場の職員として、虐待対策が推進されてきたのかという疑問がありました。虐待は大きな事件、悲惨な死亡事例がないと対策が進まず、世論だけで政策が動いていたのです。そうしたことと関係なく、政策が推進されることができないか、政策推進の根拠資料は何かということをいつも考えていました。

政策評価(行政評価)政と策評価における子ども虐待防止政策
 政策評価という学問は主に環境分野で発達して、私も森林環境税のスキームを使いました。予算は決まっているので、どの政策を重要視するかが、政策評価です。政策評価が進んだ背景には、シルバーデモクラシーと言われる高齢者優先の政治になること、ノイジーマイノリティといって、少数だけれど大きな声をあげる人の政策が進んでしまうことがあります。
 児童虐待の被害者である子どもは、声を上げることのできないサイレントマイノリティです。児童相談所の職員は全国で3000人もいないので、やはりマイノリティです。声をあげてもなかなか響かない。20万人以上の職員がいる保育と比べて、団体としても弱いのです。
 こうした現状や課題を提言することが難しいので、虐待の社会への影響を明らかにするのは難しい。そこで、アドボケイトをしたいと思い、研究を始めました。
 虐待は個人の家庭での事象であると見られ、社会の大きな問題としてとらえることが難しい。政策決定者には理解しにくく、政策のパワーゲームで負けてしまいます。

海外の研究――虐待の社会的コスト
 海外では1980年代から「虐待はコストである」という考えのもとで研究されています。虐待児童の入院コスト、里親のコスト、長期の社会的養護の費用などを全て足して、560億ドルという数字を出しました。2000年頃までの研究では、1つの病院の結果を全米に拡張し、一般化した実験経済学的な考えでした。
 2000年以降、民間団体が連携して、虐待の社会的コストを研究し始めました。2001年と2007年に、虐待被害における直接コストと、鬱など精神疾患といった長期的な影響である間接コストの研究が盛んになりました。
 アメリカでは、PCAAという民間団体が1年間に虐待が社会に与える被害が約1兆円であると算出し、それをもとにCDC(アメリカの公的機関)が研究を始めました。2012年にPCAAは8兆円の被害、CDCは年間12兆円の被害と発表しました。ただ、一部のデータを前提に拡張したことが課題でした。
 アメリカでも6歳以下のデータはなかなか集まらず、心理的虐待の長期的な影響は測定できないので心理的虐待を除外したという問題はありました。

日本における虐待のコストを算出
 こうした研究を受けて、私は日本のデータを洗い出し、虐待に関する研究を網羅して、虐待のコストを出すことにしました。
 直接費用は、社会的養護の費用、相談のコスト、司法・教育等のコスト、民間団体のコスト、研究費としました。間接費用は、虐待を受けて亡くなった子どもが死なないで一生働いたらどれくらい影響を及ぼすか、計算しました。虐待を受けた子どもは自殺率も高いという研究があるので、生きていたらどのくらい働けてお金を稼ぐか。また自傷行為や精神疾患の医療費といった生産性損失も出しました。その他学力コスや離婚のコスト、少年院や刑務所のコストも算出しました。

研究結果と考察
 我が国の虐待被害率は5パーセントという疫学研究があり、性的虐待は60倍から80倍くらいという分析結果が出ました。藤野先生の研究によれば、虐待を受けた子どもは青年期にどういう人生を歩んでいるかというと、離婚、自殺未遂といった医療費がかかっています。過去を見て現在を見ることをリスク比といい、リスク比は全てお金に換算できるのです。
 社会的養護のコスト、行政コストなど、直接費用は年間1000億円くらいかかっています。間接費用としては、死亡、傷病、生活保護、精神疾患を含め、合計1.5兆円になりました。少なく見積もっても1.6兆円が虐待の社会的コストということになります。ただ、アメリカでは12兆円ですから、人口で考えると日本は4兆円くらいなければおかしい。日本には生活保護、離婚の影響といったバックデータがないので、過小な計算結果になってしまうのです。
 政策の重要なポイントが本研究で明らかになりました。1つは直接費用が圧倒的に少ないこと、2つめに精神疾患や離婚、生活保護の影響が甚大であることです。問題を可視化する意味でも、コスト評価は有効なツールになることが考えられます。

国内での政策評価
 2014年に英語で書いた私の論文(The social costs of child abuse in Japan)が「児童虐待防止対策に関する副大臣等会議」と参議院厚生労働委員会の児童福祉法改正質疑資料になり、会議に呼ばれました。私の研究が政策の推進資料になったのだと思います。
 日本にはデータがないので、精神疾患をもつ子どもがどういう人生を歩んでいるのか、全然わかりません。虐待を受けた子どもは鬱や自殺に至ることがありますが、数字はわかりません。医学や福祉領域での研究がなされていないので、1.6兆円にとどまっているのです。

DV防止政策の発展に向けて
 虐待の社会的コストを出した時、『朝日新聞』と『産経新聞』が取り上げてくれました。DVの社会的コストも出す必要があると思います。コスト研究は政策の基礎になるからです。
DVの社会的コストは日本でも実現可能な研究であり、誰かがやらなければいけないと思います。社会的コストの研究は支援者と当事者をつなぐ重要な研究です。
 私は児童福祉司時代から10年かけて論文を書きました。人が集まれば、もっと早く論文になると思います。政策推進のためにも皆と一緒にできればと、今日のネットワークに期待しています。ありがとうございました。


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