多分野活動領域とつながるための第3回交流学習会

〜暴力防止のためのいろいろな試み〜(1)

日時:1月25日(木)18:30〜20:45
会場:日本財団 会議室(東京都港区赤坂1-2-2 日本財団ビル)

ウェルク
 今夜は寒い中、おいでいただきありがとうございます。ウェルクは、東京で活動する暴力被害者の支援団体が連携して事業を開始して6年目となりました。年間500件ほどのアドボケート、同行支援事業や支援員を養成するためのエキスパート研修会、支援者向けのシンポジウムなどを開催してきていますが、ニーズの増大に比して、なかなか支援の輪が広がらず、事業を辞めざるを得なくなったり、支援者が減少していることが課題でした。今回は新しい試みとして、他分野とのつながりをつくり、情報を共有し、非暴力の社会の実現に関心を持つ人を増やしていきたいと考えています。
 支援の現場は危険と隣り合わせでもあり、様々な大変に満ちていますが、一人ひとりに寄り添う支援が人や社会との信頼回復を果たし、つながりを育んでいきます。また、社会ではこの問題の及ぼす深刻な影響などがまだまだ認知されていません。特に、身近なこととしては広まっていません。
 そこでまず、暴力防止のために様々な現場で活動されている方とつながり、情報を共有していくこと、そして、自分事として、自らの活動のなかでできることを考えてもらい、非暴力社会に関心を持つ人の層を広げていくきっかけとしたいと思っています。
 ファシリテーターは、非暴力社会の実現に深く関心を寄せていただいている一般社団法人次世代社会研究機構の西田陽光さんにお願いしました。多分野の専門家をつないで児童福祉の業界に変化の風をおこした仕掛け人でもあります。どうぞよろしくお願いします。

次世代社会研究機構 代表理事 西田陽光さん

 暴力の問題はたいへんセンシティブな面もあります。一般社会との情報共有の必要があることに、慎重になる関係者もおられます。そして、一見異なると思われる分野との関わりが実はとても大事です。異なる分野の方々との連携しながら支え合っていくかが大事です。これまでは、社会課題解決における連携という意識と取り組み方が薄いようでした。
 非暴力の社会を目指すため、それぞれの分野の活動や実態を関係者にお考えをうかがうことで、これまでの縦割りでない協力体制が生まれます。今回は率直に個人的な立場の意見や一般的感想ではなく、普段皆さんが感じていらっしゃること、なぜわかってもらえないのかという主観的な意見を聞きたいと思います。

DVを巡るデータ解析からの実践的取組

中央大学商学部教授 中央大学副学長/国際センター所長
武石智香子さん

これまでの取り組み
 私がDVについてボランティアで分析しているうちに、この問題の社会的な深刻さと広まりに気づき、研究上の関心を持つようになった経緯をお話します。
 私の所属する中央大学には現在「ハラスメント防止啓発委員会」がありますが、その前身である「セクシュアル・ハラスメント防止啓発委員会」は、2003年にはじめて学内セクシュアル・ハラスメント実態調査を実施しました。当時委員ではなかった私が、ボランティアで集計分析を引き受けることになりました。その後、「ハラスメント防止啓発支援室」が開設され、アカデミック・ハラスメントおよびパワー・ハラスメント、デートDVをも包括する「中央大学ハラスメント防止啓発に関する規程」を委員長1名、幹事2名の3名体制で設けた時には、私も幹事のひとりとして加わり、その後通算6年にわたり副委員長として数々の案件に関わることになったのです。
 今でこそ学内では「ハラスメント」に関する認識が広く共有されているものの、立ち上げ当時は必ずしもそうではありませんでした。複数の論文を配布したりする努力の中で、「論文を読んで、なぜアカデミック・ハラスメントがいけないか初めてわかりました」と言われた時には、本当に嬉しく思いました。論文というものの説得力を、まざまざと味わったのです。
 委員を辞めてからも、私の担当していた商学部「社会学」の授業で1年に1回、ウェルクの方に来ていただいて、DVの話をしてもらいました。そういった関係の中で、2014年には、DV同行支援の集計作業のお手伝いをボランティアしました。翌2015年には集計を学生に任せ、それを見た後輩たちが2016年に商学部プレゼン大会のテーマをDVにしたいと、ゼミでDVが引き継がれていくようになったのです。今ではDVのグループ研究のためにゼミに入ってくる学生もいて、徐々に発展しているところです。
 商学部ゼミ以外にも、FLPという全学連携教育のシステムがあり、私はそこで国際協力プログラムのゼミも担当しています。FLP武石ゼミは、UN Womenの「HeForSheキャンペーン」に参加し、2017年度には、ジェンダーに基づく暴力(gender-based violence)をどう防止したらいいか、アイデアをマラソンのように考える「アイデアソン」に参加しました。

1980年代、90年代のDVの問題
 私は1980年代に大学を卒業し、その頃から福祉関係に興味をもってはいたのですが、結果的に職場としては㈱三菱総合研究所を選びました。それが大学時代に学んだ統計の知識とともに、集計のスキルを身につけていくきっかけとなります。
 その頃はDVの問題というと暗い話題だったことを覚えています。就活の時に家庭に問題があるというとマイナスになるのは、いまだにそうだと思います。一般の話題としても、言う方は誇らしくないし、聞く方も気まずいから聞いてはいけない。家庭に深刻な暴力の問題があったとしてもそれは個人的なことで、解決も密室のなか、政府は干渉してはいけない。80年代はそんな感じだったと思います。
 1990年代でもDVの論文には「べき論」が多く、数字による検証がきわめて少なかったのですが、この20年、30年の間に変わってきました。

DVへの注目――政府の介入の要請
 1つのきっかけは1993年の国連総会の宣言です。簡単に言ってしまうと、「たとえDVのような問題が家庭内、個人的な領域で起こったとしても、それは個人的な問題ではない」という主旨の宣言です。政府は女性に対する暴力を放置していてはならず、介入が必要である。VAW (女性に対する暴力)という略語も登場するようになりました。
 1996年、WHOも女性への暴力について、「健康に甚大な被害をおよぼすもので、政府や機関が対処すべき」と宣言しています。2007年にはESCAP(アジア太平洋経済社会委員会)で、「生産性の低下、対処コストの増大、子どもへの影響など間接コスト等を発生させる、経済発展の阻害要因」としました。2008年、国際連合は「人権(人間の尊厳やインテグリティ)に被害を与える社会問題であり、政府による対策が重要」と宣言しました。
このように、DVは「健康」に被害を与えるだけではなく、「経済発展」の阻害要因であり、「人権」の問題でもあることが、各種の国際機関で確認され、政府の介入の必要性が訴えられてきたのです。

分析の発展――「被害」の分析
 政府が介入しなければいけない問題となると、予算をどう配分するかということになって、量的調査が発達するきっかけとなります。量的な実証研究は、因果関係の検証が中心となります。すなわち、何が「原因」で、どういう「影響」があるのかという調査です。
 まずDVの「影響」についてですが、研究成果として多くの健康被害が報告されています。暴力後の急性の症状から始まって、容易に想像され得る妊娠への影響のほか、長期にわたる子どもの健康への影響、女性のからだに慢性的な被害がもたらされることが明らかにされてきました。女性系の異常、慢性疾患、ストレスで心拍数が上がってパニック状況になり、一生抱えていくという問題。さらには、頭痛、胃痛、皮膚の異常などいろいろな症状にもつながっています。検証により、PTSD、鬱病、不安障害、薬物依存、自殺との関連性も明らかになってきました。
 2013年、WHOは「IPD (親密なパートナーからの暴力)は特に女性において健康被害と死亡率に関係し、その予防は世界的に優先されるべき」としました。こうした状況を受けて、最近では、ビッグデータの活用によって暴力の健康への影響をより明らかにする可能性も示唆されています。私自身は研究者として、特に慢性精神疾患系への影響に着目しています。DVというと身体的暴力の方が重大と扱われがちですが、実は健康被害が大きいのは精神的な暴力の方だという分析結果も出てきているためです。

「見た目の成功」とバイアス――「原因」の分析
 このように、かつては触れてはならないような話だったDVが、解決すべき問題として脚光を浴びるようになってきました。かつては私的領域とされていた部分に政府が介入するよう要請がなされ、分析が発展した結果、DVは社会全体にふりかかるコストになること、その被害コストの大きさが甚大であることが根拠を持って示されるようになってきたのです。ここまでDVの「影響」についての研究者たちの研究結果を簡単にご紹介しましたが、この問題を生み出している社会にも「原因」があることについても、補足したいと思います。
 甚大なコストという意味では、精神疾患が結果であるとともに、もともと精神疾患を患っている人がDV被害に遭いやすく、双方向に悪循環になっていることも、わかってきました。また、自己愛・ナルシズム、あるいは自己愛性パーソナリティ障害と言いますが、そういう人たちは社会での成功を誇示しやすく、かつ暴力をふるいやすいという研究も着手されて始めています。私たちが、見た目の成功を尊重し、その人たちの精神的・肉体的暴力を看過または軽視すればするほど、結果的に社会全体として暴力の促進に加担してしまうことになるのです。「成功」の誇示を、私たちは冷静・慎重に見きわめ、判断した方が良いということです。

信頼できるデータの集積
 以上、暴力がもたらす被害については、健康被害はもちろん経済や人権が認識されるようになってきました。そして親密な相手への暴力をつくるものとして「見た目の成功」を重んじる社会がバイアスとなっているのではないかということにも触れました。
 しかし、たとえいま、家族や会社などにひずみのある人間関係があったとしても、人間にとってそこだけが社会ではありません。こういう場を使ってつながりを広げていき、複数の社会の輪に入っていくことができます。DVは社会の各方面に大きなコストをもたらす深刻な問題です。光を当て続け、社会全体で対処しましょう。
 数字には良い可能性もありますが、リスクもあります。私は商学部の「社会調査入門」という授業の中で、データサイエンスや統計の重要性を伝え、そしてAIの限りない可能性に希望を持っています。同時に、世の中に偏見があると、AIも偏見に汚染されてしまることも認識しています。偏見をもったデータに反論しなければならない時にも、やはり数字と根拠が必要です。良いデータを集積してくために、今から備えていかなければならないと思います。
 最終的にはデータやAIを操作する人間の問題意識のあり方が何より大切ですが、このような交流学習会の活動と、学生の問題意識の醸成との間に、良い循環ができていることに心より感謝しています。ありがとうございました。

西田
 ありがとうございました。この分野の問題は複雑ですが、若い学生さんたちに日々教えていらっしゃるご経験から実にわかりやすく、難しいことを易しくお話くださいました。男子学生たちがデートDVを問題と感じているだけでなく、具体的行動を起こしていることは、本当に素晴らしいと思います。
 未来に生きる子たちがこの問題を学び、社会解決することが大事であるにもかかわらず、大学では、大昔の大家の研究の口移し講義の先生もおられますが、未来に生きる学生に現代の問題をきちんと共有し学問していく意義を共有しながら現実の課題解決する取り組みは、本当に素晴らしいです。今日は素敵な先生にいらしていただきました。それでは治部さん、よろしくお願いします。


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