多分野活動領域とつながるための第3回交流学習会

〜暴力防止のためのいろいろな試み〜(4)

社会コストの中身の議論を
西田
 日本の予算は、名目だけでは実態が分かりにくいところがあります。私は前職で、全国100地方自治体以上で事業仕分け実施に関わりました。例えば、名目として「子どもの支援事業」のためにと言っても、ホームページや研修の名でチラシを作っているだけかもしれません。
 本来の事業仕分けは国、都道府県、基礎的自治体の三制度の中で、名目の予算が、どのようなやり方で、誰が何をいつ、どういう目的で、どのような方法で事業が遂行されているのかという中味を知る手立てです。担当者に聞いた時に、明確にやっているところの答えからは、現場に精通し、現場独自の創意工夫を学ばされます。税金がどう使われているか、納税者としての関心ががんばっている行政への応援になり、行政への緊張になります。
 児童福祉法改正の動きとイギリスの事例を比較した時に、福祉現場で働く人たちが資格を取って専門性をもっていくのに、なかなかキャリアアップしている方が少ない。イギリスの社会的配慮に関わる福祉分野で、予算と事業クオリティーを評価する機関には、長年現場経験をした人が、その経験から監査や指導的立場や政策の分野に、現場経験に誇りを持ってキャリアアップしている方々とお会いしました。
 全国の自治体で、福祉分野は、予算が少なくとも、やりくりや属人的努力を惜しまない方も大勢いらっしゃいます。がんばりすぎで、心身の病気で休む人がたくさんいます。早く異動したいとがんばれない職員も決して少なくないかもしれない職域です。マンパワーや専門性の充実がますます求められる分野のようです。行政の仕事は、これまでは財政部や企画部の方が華やかに見られがちです。少子高齢化社会では、福祉分野の課題が政策にも財政にもますます重要なテーマになるようです。
 本日ご参加の学生さん達は、これまでのお話しや、素敵な先生のお話を聞いていかがでしたか?

質問
 中央大学で取り組まれている学生のプログラムがすごく良いなと思い、私の通う大学でもそういうお話を聞けたら嬉しいなと思いますがいかがでしょうか。

西田
 武石先生、プロジェクトの活動には他校の方も混じっていいのですよね?

武石
 もともと中央大学では、学生主体のサークルであるノンハラスメント・プロジュエクト(NHP)という団体と大学が協力してハラスメント防止啓発活動をしてきました。そこでは学生たちがポスターをデザインしたり、キャンペーン週間にはロールプレイングをしたりしています。武石ゼミのロールプレイも、学生の視点で考えると、「これって身近に起こっているよね」と、NHPの影響で取り入れたものです。学生同士には互いに触発するという良い作用が働き合うので、中央大学だけでなく、いろいろな機会、そしてこのようなネットワークで、一緒に情報交換できたらと思います。是非お願いします。そして学生だけではなく、学生時代にDV同行支援に同伴させていただいて、卒業後も関わってくれている武石ゼミの卒業生も、本日会場に来てくれています。若い人たちのつながりが広がることを願っています。

西田
 インターネットで調べると、いろんなところに出前してやられている。

武石
 はい、NHPが出前に行っていました。

西田
 新学期になったら「出前してください」とお声をかけてみると良いかもしれませんね。

武石
 そうですね。武石ゼミのロールプレイ劇場も出前でできるかもしれません。

西田
 人前で話をするようになると、皆、かっこよくなるのです。プレゼンがかっこいいのです。

武石
 ここ1、2年でDV問題に関心を持つ男子学生も増えてきました。さらに新しい動向として、性差別というときに、男性が不利益をこうむっていると考える男子学生も増えてきた感じがします。武石ゼミではDV問題をジェンダーフリーで考えています。そもそもの問題関心の重点が違うとしても、被害を受けた子どもを見れば、みんなが心をひとつにして問題解決に当たることができます。子どもは皆がわかるキーワードなのです。治部さんも言っていたように、子どもが被害を受けていることについて、社会のリアクションは本当に「まとも」です。

他人事ではない女性の貧困
治部
 私はいろんな自治体で講演をするのですが、都心部の基礎自治体で女性活躍の講演に呼ばれ、「渋谷の街を徘徊する10代の女の子の問題が目の前の問題だから、そちらをやったらどうか」と提案すると、「住民票がそこにある子のことしかやらない」と言われます。何のために我々は税金を払っているのか。まずそういう発想があります。
 行政に就職することを、安定した雇用としか考えていない人がすごく多いと思います。きちんと働いているシングルマザーが手当を申請に行くと、窓口で「これは税金なんですよ」と毎回嫌みを言われるそうです。「あなたの給料も税金だよ」と言いたい。行政にものを言う時には「我々は納税者である」「学生でも、消費税を払っている」「税金を子どもや傷ついた人に優先的に使ってください、そのために私は税金を払っている」という態度で言うことが大事だと思います。
 女性の貧困の問題をたどっていくと、精神疾患や暴力があり、世の中のマジョリティと思われる人にとっても自分事になってきていると感じます。今日も『東洋経済オンライン』の女性の編集者と打ち合わせをしてきたのですが、ここ数年マインドが変わってきて、女性の貧困の問題をすごく扱うようになっています。
 経済メディアのこうした記事を、皆、他人事ではないと思って読んでいる。生活保護の記事を見ていると、昔は必ずバッシングコメント、不正受給の話ばかりでした。最近のコメント欄は変わってきています。正社員の編集者は「私も他人事ではありません」と言います。共働きして、ローンを組んで、家も買っている人にも、経済の不安定さへの不安感が蔓延している。セーフティーネットとしての行政サービスやサポートの必要性を感じる人が昔より増えている感じがします。「いつか自分の身に降りかかってくるかもしれませんよ」という形で発信していくと、だいぶ届きやすいようになってきた気がします。

西田
 メディアはマイノリティなテーマが案外知られてないことも多くあります。彼らに、共に情報共有できる場を持ちたいですね。
 困った時は相談する人がいるし、学校に行かなくてもインターネットで無料で勉強することもできます。今できること、個人でできることは、案外たくさんあります。社会課題解決だけでなく、知り合えることで誰かの役に立つ喜びも共有したいですね。小さなことでも体験すると、1つの経験が必ず生きてきます。私はいろんな世論形成をしていて、毎月、フォーラムなどいろんなことをやってきました。専門は何かと言われたら、これまで幅広い政策に関わり、異分野をつなぐプロです。「生活者」からの咀嚼や解釈と他分野の共通性を見出すプロです。そのことによっていろんなものをつなぎ、世論形成をしてきました。
 現代の人は専門という縦割りにとらわれ、机上的理屈で考え過ぎ、狭い視野になりがちです。案外、日常に関心を持つことや他分野の意見を知ることで、今日知り合った人との意見からヒントが生まれるかもしれません。自分自身で、出会いの中から未来をつくっていくことを共有したいと思います。一言言っておきたいという方、ぜひお願いします。

難しい家出少女の保護とケア
ウェルク
 ひとつお伝えしたいのは、東京には、10代の家出少女の問題が多いことです。最近も大きな事件がありました。少女たちはネットカフェなどでぶらぶらしながら、出会い系サイトで今夜泊めてくれる男性を見つけます。このHPを「神待ちサイト」と呼んでいます。彼女たちにとって「神」なんです。出会った男性の部屋に居座っているうちにトラブルになり、多くは男性に殴られたりして出ていくことになる。またネットカフェなどでぶらぶらしながら、新たな「神」を待つけれど、最後には、お金も体力も尽きて、警察に連れられて役所にやって来る。よく聞くと16歳だから親の家に帰そうとなり、東北地方などの家に連絡しても彼女たちの母親からは「家に帰ってこられても生活できないから困る」と言われ、結果、東京で保護しているのが現状なのです。
 母親も若いころからDV受けたりしたシングルマザーで、生活困窮、再婚、DV離婚などで、子どもたちは学校にも家にも居場所がなくて、しかたなく家出している。その子たちが性を媒介にして男性のところを転々とし、結果、行き場を失う。風俗業界で働くことになる女性たちもいます。人の歴史が始まって以来、女性たちはずっと性を媒介にそうやって暴力の中に生きることを強いられている。その意味で社会は進化していないのではないかと思う。ネット社会になって、より複雑になり、より目に見えなくなっているけれど、確かな数で今も存在しています。
 支援者のところに来た時にはすでにぼろぼろになっている人たちを、どうケアしていったらいいのか。DVの被害は結果であって、暴力の背景には、知的障害や精神疾患があったりして、風俗でぼろぼろにされたり、望まない妊娠で中絶を繰り返したりと、貧困、虐待、障害、そして地域格差の問題が横たわっています。長年DVに耐えて、最後に耐えきれず家を出た高齢女性の貧困問題など、女性たちにとって脈々とずっと続いている他人事では済まされない問題なのです。
 行政でDVや虐待女性たちの支援をしている婦人相談員は、全国に1500人いますが、ある自治体の例をみると、人口26、7万人の都市でも、非常勤の職員が1人配置されているのみです。人口比の配置基準もなにもないのです。それが年間60人の18歳から80歳までの女性を一時保護しています。平均すると週に一人シェルターに保護する計算になります。公的シェルターは最長2週間しか滞在できませんからそのあとの住居、法的支援や医療など、必要な手配でほとんど手一杯状態となっています。大手新聞が行政の婦人相談がちゃんとやれてない、という記事を書いていますが、本当にやれてない、やれないんです。必要なところに人や予算などの社会資源が回っていない現実も、知っていただきたいと思い話しました。

西田
 福祉分野だけではなく行政は人事が短期間で変わっていく面もあるので、現場や専門性や情報がストックされないという課題があります。複雑化した課題を解決する専門能力が必要なのですが、行政の人事のあり方を今後は考えていきたいですね。

ウェルク
 現在売春防止法で作られた婦人保護事業が時代に合ってないのではと言われ、見直しがされているところですが、婦人保護事業は厚労省のなかでもほとんど光があたってなくて、子ども家庭局のなかの、家庭福祉課のなかの母子支援室というところの管轄になっているのが現状です。

山田
 児童相談所の児童福祉司は児童福祉法施行令で決まっています。すごく不十分で、英米と比べるとワーカーは10分の1しかいないけれど、それでも徐々に増えて3000人くらいはいます。DVの方が数は多いのに、1500人ではやれないですよね。児童相談所は3000人のワーカーがいて、千何百人の児童心理士がいて、相談員もいるから5000人くらいの職員がいます。基本になる法律を組み替えさせないといけないのではないですか。

西田
 法律も大事ですが、行政に課題解決の意見を出していく、発想や仕組みがあるかどうかです。いろんな法律を作っても、未使用の法律ではむなしいことです。限られたメンバーでどういうものに優先的に予算をつけるか。プロジェクト、事業をやってみて、効果がないのなら変えていく、結果を出す組織体にどうするとなるのか、試行錯誤の取り組みしやすい組織になるといいですね。

山田
 児童虐待の統計も、定義がわからない数字たちだし、「相談しました」という実績だから、通告ではありません。ある年度の4月1日から翌年の3月31日まで何かした人の数です。DVは年間どれくらいの人が被害を受けているか、全然報道されませんね。

武石
 今の流れはその通りだと思います。私たち研究者にとってもIPVやレイプについては信頼できるデータはないのです。たとえば性暴力被害は、世界の中でも特に日本において報告の割合が低いという新聞報道があり、そこで引用されている研究も、サンプル数50数人の分析です。実被害のデータがないため、たとえ小規模の調査でも貴重なのです。統計が重視される現代においても、甚大な社会的コストをもたらしているこの問題については、公的機関に報告されたものしかカウントされていません。

西田
 その数字の根拠、信憑性のないものをデータと称するのかと言いたいです。

武石
 そうなんです。国のデータのみに頼らず、私は社会調査を担当していることもあって、足で集めた本当のデータを見るように学生には言っています。まずは現場の実状を知り、その上で、小規模からでも、信頼できるデータの取り方を構築していくことが重要だと思っています。

西田
 本当にそうだと思うのです。研究だけの研究をしている人たちはまさにそこが抜けていて、心理学と言っても人間を見たことがなく、ペーパーしか見ていない心理学では困るわけです。 リアルを知った人がどう情報を共有して、それを理解する人たちと一緒に情報を使うことをしてこなかった。私たちの言うことを聞いてくれないと不満を言っている時間があったら、それをどうしましょうかという場にしていきたいですね。
 どんな立場であっても、経験して見ていて「おかしいな」と思ったことをつなぎましょう、紡いでいきましょうという思いで繰り返しやっています。そういうことがとても大事です。それを書くのが得意な人、分析するのが得意な人が伝えていく。「それぞれができることから、またおかしいことは「わかっているのか」と問い合わせて事実を伝えていきたいですね。

質問
 データに虐待履歴やDVなどを書くチェックリストをつくるべきだと思いますがいかがでしょうか。

西田
 「べきだ」と言っても「べき」を受ける人には他人事なので、自分が相談を受けたものを記録としておくことも1つの力になります。「自分ができることは何か」を考えていきたいと思っています。
 伝え、共有する。世代によっても、とらえ方が違うかもしれない。いろんな方と複合的につながっていくことが社会課題を考える時にとても大事だと思います。今後も続けていきたいと思っています。 素晴らしい今夜の出会いに感謝します。素敵なゲストに感謝し、素敵な参加者を嬉しく思いました。
 ありがとうございました。



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