多分野活動領域とつながるための第1回交流学習会

〜暴力防止のためのいろいろな試み
 <オーストラリア編・大学編>〜(4)

意見交換を慣れることで課題解決がしやすくなる
西田
 異なる見解の異なる意見交換を慣れてくることによって課題解決がしやすくなります。言語と文化が違うだけで対立してしまう。それを対立させないためにどうコラボの場をつくっていくかが非常に大事です。 今日の場もそうです。私は政策のシンクタンクにいたのですが、霞ヶ関、永田町、メディアの人、研究者、お互いにお互いを理解がないと言っている。富士山を登るのに山梨から登ろうが静岡から登ろうが、どのアプローチであっても目標は同じなのに、言語が違うだけでアプローチが違うだけで、区別化・差別化したり、コミュニケーションをとらないし、とれないのは残念です。行政だけでなく、環境や福祉分野どの分野でもマウンティングしがちでは残念。よくよく聞いたら意思疎通できず誤認で非難であったり、コミュニケーション不足の誤解はありがちということがよくあるのです。そういう意味で異分野が協力しながら関わっていく、課題解決のためにアクションを起こして一緒にやってみることが無かったかまれであったように思います。
 DVについても20年くらい前に法ができた時から、千葉の大会のころから、それぞれの関係者の方々は本当に一生懸命なのですが、周りの人に咀嚼して伝える人や与野党巻き込んで一般化社会へのアピールが少なかったのです。ですからいろんな人たちと会話する、また経済的に見たらどうなのかと、いろんな各分野に理解される言語を使えるようにしておくことも時には大変重要だと思ってきました。

言いたいことではなく聞かせたいことは何か
 2001年、ニューヨークに視察に行ったのですが、ロザンヌ・ハガティは銀行向け、政府向け、ニューヨーク市向け、NPO向けに違う顔と違う論理で説明ができる。相手が何だったら動くかという咀嚼能力とロジックが非常に高いことに私は刺激を受けました。
 児童福祉法改正世論形成の時もそうですが、官僚に向かって言う時と、政治家に向かって言う時と対象の方々のわかる説明が違うのです。良いことを言えばわかってもらえるという希望論が全く通用しないのが現実の社会で、相手は何だったら動くのか。福祉の現場について学生向け、行政向け、メディア向け、若い女性向け、高齢の方向けという説明のしかたを整理して、言いたいことではなく聞かせたいことは何か。
 街づくりもその地域の歴史を知らない人がいっぱいいるので、紙芝居をつくったのです。子ども新聞と同じで、大人は子ども用と同じくわかりやすく説明しないと、自分の専門以外は子どもと同じくらい無知だということなのです。難しい言葉で言えば言うほど伝わらないので、どうやってわかりやすくするかということです。
 学生の政策のコンテスト支援を20年間やっていて、霞ヶ関に就職していく学生たちにその時その時のテーマを3分間スピーチ、1分間スピーチを徹底的に訓練するのです。何かの活動をするときは定義共有をしたうえで、各人の人格や個性表現を通じて相手は理解します。そういうことがNPOの世界で案外しているようでしていない。

わかりやすくすることは、わかってないとできない行為
 大きなイベントに出てくるお兄さんたちの未来志向的なプレゼンテーションは非常に単色です。自分の希望や自分の夢を語ることには熱心だけれど、その希望によって周りと何をしたいの、何のために、聞き手にとってそれはどんな意義があるのか。霞ヶ関もそうですし、行政や社会的に良いことをやっている人は、そこが非常に薄らいでいる。自分の言いたいことだけを言う訓練ができている。情報を受ける側の相手に「ああ、そうだった」「そうだよね」と共感や理解を促す説明のしかたができているだろうかと考えると、いささか疑問に思うのです。自分の団体で「○○とは」という簡潔なものを相手に合わせて何本もつくっておけばいいと思います。
 私が子ども模擬投票を応援していた時に、自民党に政策をもらいに行きました。子どもといっても18歳未満です。ところが、本当に決まっていないとわかりやすくできません。難しい四字熟語をいっぱい使ってやる方が曖昧模糊な表現ができるのです。難しいことしか言えない大学の先生は、咀嚼能力がない、内容の把握ができてないと、わかりやすく説明できないのです。子どもにもわかるように物理を説ける先生は非常に聡明な先生です。昔、物理で有名な竹内先生がいらして、非常にわかりやすい。わかりやすくすることは、よくわかってないとできない行為です。自分自身も納得したものは、原稿を見なくてもいつでもどこでも伝えることができます。
 鈴木さんのように具体的なことをしていらっしゃると、自分のやったことはどこから聞かれてもリアルがあるので、どんなふうにでも再現でき、情報を3Dとして説明できるので、臨場感をもってわかりやすいと思います。伝える時の前提として、自分自身がよくわかるということ、全部わからなくてもここはわかっているからここは伝えられるといいと思います。鈴木さんにどんなことでも聞いてください。なぜ役所を辞めたのか、でもいいですよ。

西田
 重りがなくなった自由度がありますね。

鈴木
 そうですね。全国を回って「やはり」と確信になったことがあります。それは、やはり男女に関する施策を担当する課長は、女性が課長になっている場合が圧倒的に多いのです。「女・子どもの問題」という言葉がありますが、1つ下に見られているようなところがあって、そこをなんとか変えられないかと思っています。皆さんはどう思っているのでしょうか。私が初めてジェンダー担当の課長になったときには、区内女性団体からは、「男が課長になって大丈夫なのか」と言われました。私は女性問題というのは自分(男性)の問題だと思っているのですが、「なんで男が」と警戒される。
 今日は男性も来てくれて嬉しいです。自分の学生に「女性の問題でもないし、男性だけの問題でもない。この社会にいる構成員の皆が当事者の問題である」と話しているのですが、なんとなく溝を感じる場面が多々あります。そこをどうやって崩していけるのかというのも、今後の課題だと思っています。

どんなことでも思ったことは伝える努力をする
西田
 行政のなかで上から目線というか、女・子どもの問題というのは未だにそうですし、行政や福祉は人材への尊重が少ないのではないかと思います。私が100自治体くらい回っていた時、経済部、企画部、財政部の方が花形だと思って、福祉に行く時は悲壮な壮行会。少子高齢化で各省庁に対して「福祉への理解を持たないとこれからの政策が進まない時代です」と、4年間キャンペーンでやってきました。
 大企業もそうですが、霞ヶ関も具体的対策が希薄。そうすると、どこかから聞こえていたものが影響するのです。皆さんが思っていることをもっと声を上げていく、聞いてなくてもいいから言っておく、何かの機会に言っておくという行為が、本来は大事ではないかと思います。企業のエリート教育の講師を頼まれてやったのですが、大企業はアイデアがでなくて、「ITになったら仕事が無くなってどうやって暮らそうか」と言われて、「奴隷になるに決まっている。AIを持っている人だけが稼いで、後は皆奴隷になるんですよ」と言ったらびっくりされた。
 独自性や創造性のない議論が平気でされているのです。ですからどんなことでも思ったことはちゃんと言う、伝える努力をする、どう言ったら伝わるかということを日常の個人レベルからしておく。「たまたま私は婦人同行の仕事をしている、こういうセミナーに出てきたわ」と言う。私がアダプションの活動をやった時に、最初は「ふーん、頑張ってね」と義理でセミナーに集まってくれますが、テレビやニュースでちょっとでもその話が出る、「ああ、西田さんが言っていたことはあれね」という反応が圧倒的に多くなっていきました。里親の問題で裁判がありましたが、「西田さんが言っていたことが裁判になった話でしょう」と、私が見ていなくても逆に周りが情報をどんどん持ってきてくれるようになりました。
 今、いろんな大学を回っているのですが、鈴木さんのように現場を経験した先生はめったにいないのです。昔習った大先生の教科書に基づいて繰り返しやっている先生ばかりで、児童福祉法が変わっているにもかかわらず、70年前に習った心理学講座を延々と話す授業では悲しい。
 現状と学んでいることがどう関係しているかということを学生さんはチェックした方がいいですよ。親が出してくれているお金で学校に行っているのだから卒業した方がいいと思が、やりたいことや思っていることを自分で再認識してやってみる。それから主観を話しまた言葉を書けるようにしてほしい。正しいかどうかというより自分がどう思うかという訓練をしておかないと、リアル感は消えていきます。リアルの情報を読み取る力が無くなって、立派な人が言っている話だけを一生懸命学んで研修していたら、問題解決から遠のいた方向に行ってしまう。皆さんが今やっていて感じていることを伝えたいということが大事だと思います。
 質問は出にくいようなので、意見でなく、今自分はどんなことに関心があるかを一言ずつお願いします。

シビックセンターの一番上をオレンジ色に染めて
 もう1つはオレンジデーです。文京シビックセンターには今国連の旗が立っていますが、UNwomen日本事務所の開設支援を行い、現在は文京シビックセンター内に国連機関が入っています(協定締結まで本当に大変でした。)。
 国連では、毎年11月25日を「女性に対する暴力撤廃国際デー」と定めています。そしてその日には国連のビルがオレンジに照らされるのです。文京区でもそれと連動して、暴力防止の活動を地域全体で盛り上げるために、象徴的なシビックセンターの屋上をオレンジ色に光らせました(区長メッセージも発信)。この私の考えには当初「お金がもったいない」「そんなことしてどうなるんだ」とう声もありましたが、中央大学とも連携して富坂にいたる坂全体をオレンジにして、中央大学の掲示板もオレンジにしてもらいました。そこを通った人は「何だろう」ということで、暴力防止を訴える効果はあったのではないかと思っています。NHKでも取り上げられました。
 「何だろう」と感じてもらう、聞いてもらうということは大事だと思っています。私はこうして、紫やオレンジのリボンバッジを付けたり、オレンジの服など来て走り回っているのですが、「何を付けてるんだ?」「なんでそんな格好してるんだ?」とよく聞かれます。今日も紫色を着てきました。「なんでスーツでなくそんな格好をしてるんだ?」に対して、「紫は暴力反対のメッセージなんですよ!」と説明して一人広告塔になっています。かなり啓発できたと思っています。

〜以降会場参加者との交流(略)〜

成長したい、社会に還元して死にたい
鈴木
 自分がこの分野にどれだけ関心があり、どう取り組んでいけるのか、いつも自分に問うています。私はLGBTsの支援にも取り組んでいます。ジェンダーの問題であり、人権の問題だと考えています。男の中の男、女の中の女、男らしさとか女らしさって何なのか?と思っているので、男女二元論の強調に問題提起をしています(男性だけに注目した団体もありますが、何か違うのではないかとずっと思っています)。女性ばかりの集まりや勉強会にも、最初は入りづらいことはありますが、この分野には自分が必要だ、自分はこの分野を勉強してきたという自負もあります。自分に能力がなければ排除されるが貢献できれば入れてもらえるだろうと。最初は排除されても、「鈴木はよく勉強しているね、そういう意識なのね」と、入れてもらうようになっています。それでもたまに、最後まで胸襟を開いてもらえなかったと感じる場合もありますが、そういうところとは無理に付き合わなくて、違うところと手を結んでいけばいいのだろうと思っています。
 自分が成長したい、社会に還元して死にたいと思っているので、自分ができるところはチャンスがあれば何でも積極的に参加していこうと思っています。確かに嫌なこともたくさん経験していますが、逆に良い経験もたくさんしており、こうやって呼んでもらえるので、こういう団体との付き合いや今日知り合った人と個人的に付き合っていけばいいという意識です。

しかけていくこと、他団体とつながることが大事
西田
 マイノリティの問題は、マイノリティと思っている間はマイノリティなので、自分自身の壁もあると思うのです。アダプションの問題もそうでしたし、母子問題は誰も振り向かない。男性のワークライフバランスというと家庭問題に男性が関心を示しました。鈴木さんがおっしゃったように自分自身が壁をつくっていることも多いのです。
 今、子どもの問題が大いに話題になっています。行き過ぎるくらいに。中身でなく、子ども、子どもと。子供の問題の社会的対応だけでなく、もうちょっと内側に落としていく。ブームに乗りやすいのはどこの国でも同じだと思いますが、ブームに乗るのではなく、本質を問いながらしかけていくことが大事だと思うのです。そのためには社会全体がその分野だけではなく、いろんな人とチャンネルをもつ。鈴木さんも首長のお守りもしていたので、首長のスピーチなどで、少しずつ影響を及ぼしてきたと思うのです。はじめは、それほど関心なくとも、徐々に子育てに関心が高まり、文京区は子育てについて充実し今では胸を張っていますよね。とても先進的だし、首長は選挙に勝ってなんぼの世界なので、グッドイメージをつけること、先駆けて良いことを言った人、そういうことをネタとして提供されたこともあったと思います。
 それから他団体とつながっていくこと。私はマイノリティ問題を敢えて議員会館で様々なテーマでイベントを開催し、大臣にご協力いただき勉強会もします。マイノリティでなくしていくことはどういうことか。知らないことには無関心になり、知っていることには関心を示すものです。無関心示されたら、心地良かろうが悪かろうが、数打てば誰か引っかかる程度に思って懲りずにチャレンジ。シェルターの会議の時もそうでしたが、年長者の会議が長く、高齢者ばかり話していると若い人が参加しにくい。もっと若い人や違う人の意見や広げたい人の意見も聞いてみる場を作れるといいと感じました。
  私は前職時代にリリースをする時に、新聞社に出すのは新聞社に原稿をチェックしてもらう、霞ヶ関に出す時には霞ヶ関言語と、全部言語を変えていました。見る人がその業界の言語になじんでいるからです。一昨日江戸の話をしたのですが、「教育福祉は江戸ではどうだったのか、江戸のガバナンスを事実として知っているか」と聞くと、知らない人が多い。明治でプロパガンダにより江戸は、暗黒の時代になっている。そうではなく、使える情報としてどうかということを検証した形で、同じ本質でもどういう表現をするか、「法は人を見てとけ」といいますが、相手がわかるように伝えることが大事です。

自分にできる行動は何か
西田
 アメリカにセクシャルハラスメントがありましたよね。一人が言い出したら、わーっと出てきて、業界から除籍という扱いになっていますよね。たった一人の勇気のある人がいなかっただけではないか。貴乃花がどうのこうのと言うかもしれないけれど、暴力はいけないと、現在の日本の法律に基づいたやりかたをしたのです。彼は不要な発言は一切していない。それが良いか悪いかというよりも、体質、伝統が治らない。伝統とは何ですか。いつからですか。軽々に伝統とか組織とか言いますよね。神戸製鋼もそうだし、あらゆる企業がそうです。何が伝統で何が組織なのか、本当に続けるためにはゆがみを直さないと続きません。おかしいと思ったら見ている方もそんな番組は消せばいい。お客がいるからどんどん増える。チャンネルを変えればいいのです。見ないようにする、聞かないようにする。
 そんなにリスキーではないけれど、自分にできる行動は何かという発言が1つも出なかったのは残念だなと思いました。一般的に言われていることはどうでもいいのですが、いろんなものに遭遇した時、自分ができるところは何かと思って欲しいです。鈴木さんはどう思われましたか。

鈴木
 いくつか質問に答えさせていただきます。役所の中でどれくらいはみ出していいのかという質問がありましたが、「公務員であればなかなか辞めさせられないですよ。国家賠償法という法律でも基本的に個人が責任追及されることにはなっていない」と、若い職員にずっと言い続けてきました。そうすると自信をもって少しのはみ出しができるのです。
 外部への相談に関しては、上司がOKして組織として来ているのか、組織でなく個人で頑張っているか、その人には聞いてあげた方がいいのではと思います。聞いた上で、上司に内緒で来たのであれば、組織でどうやるか一緒に考えてあげるとか、違法・不当なことではないわけであり、所見を伝えてあげてよいのではないかと思います。僕もずっとはみ出していたけれど、人による支配でなく、法の支配であり、法律による行政の原理からどういう行動が望ましく(住民の福祉増進)、どういった行動が望ましくないのかは一定の方向性は分かる、それが公務員の魅力です。法の精神に合致していると考えたら勇気をもって踏み出せる、「違法行為をやらなければ辞めさせられない。上司と今意見が合わなくても、上司も変わるし組織も変わる。あなたのやっていることは良いことだよね」と周りが言ってあげられといいと思います。場合によっては紹介してもらえばその人を励ますことができると思います(笑)。

デートDVの問題のプログラムを変える必要性
①デートDⅤプログラム
 デートDVの問題が広がらないことについて。僕もデートDVの問題を広げようと、これまでいくつものプログラムに参加してきています。学生や自治体の職員に見せて、インパクトが足りないところがあるので、プログラムを少し変える必要があるなあと感じている面があります。最近、ゼミの学生を連れて行って参加させたら、シナリオ通りに読まされているだけで、全然伝わらない。自分たちでデートDV用のプログラムをつくりたいと言うので、そういう取り組みもしています。もし何かあれば、意見交換しましょう。決められたものを決められた通りにやりましょうというシナリオだけだと演じる人もそこに束縛されているだけであまり伝わらないなぁと。
②通訳ボランティア
 もう一つ、通訳の方が話されていたのは、行政も外国人につなげたいと思ってはいるけれど、お金の問題があって、ボランティアに頼るのだと思います。でも、私は、その考え方で進めてよい問題ではないと思っています。善意に頼る問題ではなく、現実にこれだけ必要としている人がいるという件数・データを基に、きちんと予算をとって行政のやる仕事だと思います。現実の必要性があるのだから、予算を取って、通訳にお願いするという問題だと思います。
③LGBTsの問題
 LGBTsの問題は、女性団体の場合、「LGBTは後ね」という言い方をする団体が多いのです。「まず女性の権利の課題の解決が先なのであり、LGBTはその後ですよ」と。実は文京区でもそういう対立があったのですが、違うでしょうと言いました。ジェンダーの問題と人権の問題と捉えたら、一緒・同時なんじゃないかと。僕は同じ問題だと思っていたので同じように取り上げて、支援団体同士が対立するのではなく、逆に手を結んでいくといいなあと思いながらやっていました。

加害プログラムに必要な危険度判定
 女性団体の過去の動きとして、DV問題に関しては加害者には接触するなというのが鉄則でした。そのため解決のために私が接触しようと試みたとき、ある婦人相談員からものすごい攻撃がありました。「加害者に接触した後どうなるんだ、責任取れるのか」と。
 そこで、私はいろんなエビデンスを調べ、いろいろな専門家にこのケースはどうなんだと相談しました。チームでも何度も話し合いました。「このケースは加害者にアプローチしないと駄目でしょう」いやいや「このケースは危険だからやめよう」と。ケースごとに全然違うのですが、一律にダメとの不文律があったのですが、それを崩して、ではどういうやり方をどういう工程でやるかをみんなで役割分担しながら、考えていきました。すべてを一発で解決する魔法はないので、加害プログラムを入れればすぐ解決する問題ではないと思います。見立て、危険度判定を磨くことは必要だろうと思います。
 内閣府のストーカー対応マニュアルの検討委員もやっていましたし、そこは私の関心事です。行政法と刑事法を架橋する研究者としても、被害者が逃げるだけの制度は明らかにおかしいので、法改正の提言を自分でも発言していきたいと思っています。

一般的世論をつくることが大事
西田
 私は、いろんな立場の方々と接点をもって活動しています。例えば加害者であっても、彼らの立場を優位にする法律という武器を活用しようとするのかもしれません。法治国家では、被害者を救いたいのであれば、もっと法律やいろんなネットワークを持ち根拠を形成していくことも必要ですね。さまざまな分野の応援団と繋がる世論をつくることがすごく大事なのです。
 皆さんが具体的にやっていらっしゃることにはセンシティブな問題があるかもしれない。暴力という問題は決して良いことではないし、暴力を見ているだけでも次の世代に引き継いでしまう。スウェーデンで子育てにおける暴力を排除するということで、10年かかって法案化しました。前回、佐々木さんがスウェーデンの一般的な若者たちが聞かれた時は「暴力はださいよね」と答えるとおっしゃっていました。「暴力はよくないんだ」という前提をもつ社会にしたいですよね。
 暴力はどういけないんだということにいろんな切り口をもって、いろんなところで議論したらいいのではないでしょうか。「暴力反対」というタイトルでは重苦しくなるから、「コミュニケーションとは」「社会の人間関係をよりスムーズにするために最低限知っておくこと」、とか。生産率云々と経済の話が大好きな人がいるから、暴力と言っても物理的な暴力ではなく、モラハラもあります。さっきの紅茶の話のように、強く要求されると遠慮がある。「何でも聞いてください」と言ってもなかなかおっしゃってくださらない。自ら少しでも意見を言わないと伝わりませんよね。
 各人ができる範囲のアクションを起こしましょう、皆でどう思いますかという場をいろんな切り口で持つことで、「暴力のこと」を少し周りと共有できる。「なんでわかってくれないのか」と言ってもわからないです。皆、気の重いことは近づかない。自分にメリットのある話、前向きな話と思うと参加したくなる。

違うボールを投げつつけると反応してくる
鈴木
 大学では、私なりに学生に対して様々な社会問題について、いろいろな角度からボールを投げ続けています。授業中もマイクを回し、リアクションペーパーへの返しもやっています。社会的課題の当事者・支援団体、LGBTs当事者の人に来てもらって教室で話してもらっています。違うボールを投げ続けることによって反応があります。
 すごく嬉しかったのは、LGBTsの問題をやると「先生、オーストラリアでLGBTsのニュースがあったね、知ってる?」と、バックしてくるのです。もともと全然興味も無かった人が「紅茶の話はおもしろかったよね」「テレビで見たよ」と。相互に会話を重ねることで興味が広がり深まっていく。支援団体に入るところまでは行かないにしても「この問題、知ってるよ」というレベルになってもらうことはすごく大事だなと思います。私は今のフィールドで、大学でとにかく親密圏の暴力・性暴力の問題に関して、関心をもってもらい、とにかく知らない人をなくそうと思っているので、毎年毎年私の授業を受講する200人、100人という規模の学生に向かってボールを投げ続けて行こうと思っています。そうすることで、その学生にはまた友人や家族がいれば話が広がっていく。そうして、少しずつ社会が変わっていくと信じています。

複合的に知る、関わることが支援につながる
西田
 学生さんがこれからそれぞれの分野で活躍していくと思うのですが、どんな問題もつながっているのです。私は20年近く毎月毎月様々なテーマで、ゲストだけでも1000人を優に超える、いろんな政策に関わる社会課題をやってきました。どんな発言する人がいるか、現場にいるか、裏取りしながら調べているから、大概のテーマは引っかかります。2万人くらい名刺交換して、記憶にはほとんどないですが。
 いろんなものに関わって、複合的に知っておく、関わっておくことが、この問題、DV被害者支援の活動を支えることにつながってくる。社会の問題は全て人間が生きるところの問題です。役所は便宜上縦割りになっていますが、人が生きる時には全て横断的なところの情報と関わりがあり、支援する時もいろんな分野やいろんな立場の人の能力がないと、実は支えきれないのです。
 かつては、地域リーダー的な人は庄屋さんのように地域をくまなく把握した世話役的な人でした。地域が財政的にも福祉的にも困らないように、ものすごい努力と現実データを把握していました。実態を知らないと課題解決できないからです。そういう能力をもつ人こそが地域リーダーだったのです。
ですから学校で教えてもらって知っているからといって、人を救えません。行政もそうですが、鈴木さんがいろんなところを渡り歩いたなかで、子育てしながら、誰よりも働きながら、なおかつその部署のことを毎週ミーティングをやるという生半可ではないことをやり続けてこられた。寝不足で病気になって熱があるのにはってくる。そういうことの積み重ねがいろんなものをつなげる、また知ることにつながっているのです。
 学生さんも、たまたま縁があったデートDVの問題かもしれませんが、そこからいろんなものを探っていくと、社会の構造や社会の通念、戦後のそれに関わる法律の変遷があったかが、わかってきます。東京都の場合は、90年代に右翼が反対したことによって性教育ができなくなったと聴きました。残念なことです。TVで活躍するお笑いの人が暴力的な受け狙い発言に対し、誰も指摘しにくい。そういうものを喜ばない、面白がらない。テレビを見て、性的な問題に鈍感な局と思ったらTVを消せばいい。小さなアクションでも一人ひとりが動き出すことが望ましい。

コラボレーションする練習を
西田
 イギリスでの取り組みは前に述べましたように、たいへん参考になりました。日本の福祉分野が医療界に対し対等なパートナーシップで現場の課題解決に臨める関係性を今後形成していくことを、さまざまな分野でチャレンジされている方が折られると思います。権威をもってキャリアパスできるようにするためには、医療界も福祉の重要性を理解できる場や研究者が出てこられることを期待します。
 学生さんは、質問することでこのような機会にいろんなこと聞きながら確認してほしいと思います。研修会ではないので、ディスカッションすることやいろんな異なる分野との意見を相互に刺激し合うことが大事です。勉強して一生懸命ノートをとるだけではもったいないので、何を突っ込んでやろうと思いながら、ぜひ聞いていただきたい。そういう訓練がしておくと、コミュニケーションや他団体、他の人たちを説得する時の役に立ちますよ。机上の勉強は自分ですればいいので、コラボレーションするチャンスは大いにトライしてくださいね。
 今日はありがとうございました。荒っぽい司会でしたが、最後までお付き合い頂きありがとうございました。次回も素敵なゲストお迎えしますので楽しみにしてください、是非お待ちしていますので、よろしくお願いします。


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