多分野活動領域とつながるための第2回交流学習会

〜暴力防止のためのいろいろな試み〜
社会福祉におけるイギリス最新情報と日本の課題/
スウェーデンの取り組みと男性のための危機センター(2)

スウェーデンにおける男性対象の施策調査
 2015年、2016年の夏、スウェーデンに調査に入りました。スウェーデンでは2つの調査のテーマを設定しました。ひとつめは男性のための危機センターです。1986年にヨーテボリ市に設立されて、現在、スウェーデン国内に約30箇所の同様のセンターがあります。ヨーテボリ市は自治体が運営していますが、NPOが運営しているところもありますし、形態は多様です。30の男性危機センターがネットワークをつくって連合体で情報交換しています。本部の会長にもインタビューしています。
 もうひとつは、男性にも開かれたレイプ被害者緊急外来です。日本でも強制性交等の処罰についての新しい法律ができましたが、スウェーデンでもレイプの問題はすごく大きいのです。2015年に男性にもレイプ被害者緊急外来を開いて、LGBTの方全般を含めて、ジェンダー中立の形でレイプ被害者緊急外来を展開し始めたということで、ここにも調査に入りました。

男性危機センターの誕生と展開
 スウェーデンは男女平等社会と言われていますが、スウェーデンも含めてほとんどの社会で、1960年代くらいまでは性差別が温存されていました。
 興味深いことですが、労働参加という点で、日本は、かつて、かなりの「先進国」でした。OECD加盟国は30数カ国ありますが、1970年の女性の労働力率で見ると、日本はフィンランドに次いで第2位でした。この年のスウェーデンは3位です。アメリカ合衆国より日本の女性の労働力率の方が10パーセントくらい高かった時代です。ところが、1970年代以後、欧米社会の多くは女性の労働力率を急激に拡大していきます。30年ほどで30〜40%くらい増加した国もたくさんあります。ところが、かつて女性労働力率では経済の発展していた諸国の中ではトップクラスだった日本は、2000年までの30年間で、5%ほどしか増えていないのです。この数字からも、日本社会が、1970年代以後生まれた性差別撤廃=女性の社会参画拡充の動きから完全に取り残されていったことがよくわかります。
 2006年から世界経済フォーラムが発表しているデータを見ると、2017年のスウェーデンのジェンダーギャップ指数の順位は世界144カ国中、5位です。日本は114位、昨年が111位。2006年には日本は80位だったのです。どんどんランクを落としている。ただし、これは落ちているのでなく追い抜かれているのです。日本も少しずつ数字は良くなっているのですが、他の国の男女平等の進行度が日本より速い。
 スウェーデンでは、このような女性の労働参加の動きを推進する一方で、男女平等が進むと、男性が生活面でも精神レベルでも危機をむかえるのではないかということに早い段階で気がついたようです。女性が経済的に自立するなかで、スウェーデンでは離婚率が増えていったそうです。離婚は女性のサポートで生活していて、実際は生活能力のない男性にとって重くのしかかります。また、離婚後の子どもの養育権問題も大きな課題になります。このように、女性の社会参画=男女平等の進行のなかで、男性が混乱し、不安な状態になることに対応するために、ヨーテボリ市では1986年に男性危機センターがつくられます。70年代以降の女性の有り様の変化に対して男性の役割の見直しが始まったけれども、なかなか変化しきれない男性が当然いるわけです。こうした男性に対応するための社会政策が構想されたのです。80年代後半に、男性の危機に対応するためのセンターがつくられたのは、大変先見の明があると思います。
 実際、女性の社会参加のなかで家庭内のトラブルも増えていき、離婚によって子どもの養育権を失う男性も出てきます。健康の問題にも関わってきますし、経済生産性の課題にもなってきます。こういう視点がなぜ日本にはないのかと思いますが、そういう目線で男性への対応をヨーテボリ市は始めるわけです。

ヨーテボリの男性危機センターの概要
 ヨーテボリの男性のための危機センターは、社会福祉に関わる社会資源管理局のもとに86年に設立されました。調べた限りでは世界初だと思っています。社会資源管理局のもとに女性のための対応部署、セックスワーカーのためのセンター、犯罪被害者支援センター等があり、局全体で50人から60人の職員がいます。男性危機センターの職員は8人だとうかがっています。街の中の一室にフロアがあって、待合室や相談室があって、そこで対応しています。
 ここではDV加害者と同時に被害者の問題も扱っています。離婚、離別、子育て等家族の親密な関係で生まれた様々な困難、危機におかれている男性の支援が行われています。人間関係の問題、離婚や離別の問題、子育ての困難さ、感情のコントールの難しさ、身近な人への暴力の加害、他方で被害を受けている男性たちなど、男性の周りで起こっているいろいろなことに対応しています。
 電話相談と同時に非暴力のためのグループのトレーニングが行われています。父親に特化した形での非暴力トレーニングのグループもあります。基本的な手法はグループセラピーの形です。スウェーデンで何カ所か回ったのですが、ほとんどの男性危機センターでは、加害者対応に関してはグループセラピーをやっています。ストックホルムでは15回のコースで、終わった後も4週間に1回くらいのフォローアップのトレーニングをするとうかがいました。
 ヨーテボリの場合は加害者男性のための宿泊施設があります。日本でも保護命令が出て、接近禁止や退去命令が出された時に、「男性はどこに行ったらいいんだ」という話になります。スウェーデンでは、このように接近禁止や退去命令を受け、家に近づいてはいけないと言われた男性たちが住む施設がつくられているのです。

男性危機センター活動の実際
 2014年のヨーテボリ市の男性危機センターで支援した男性がどういう問題を抱えていたかをインタビューしたところ、人間関係の問題、離婚や離別の問題、特に監護権と親権に関わる問題、親としての困難さ、感情をコントールすることの難しさ、暴力加害の問題、暴力被害の問題などがあげられていました。複数回答ではありますが、男性が抱えている問題が整理されています。
 ヨーテボリの加害者プログラムは、最大6人までで週1回、1年24回コースで無料です。ストックホルムは15回で有料でした。ヨーテボリでは行政がやるので無料で、スウェーデン語ができない場合は個人セラピーで対応しているとうかがいました。
 男性が抱えている危機について、加害者として悩んで来るケースやパートナーとの関係で離婚に至るケースのいずれも視野に入れながら、暴力の問題だけではなく不安を抱えて悩んでいる男性に対する対応も含めて準備しているところがユニークだと思います。

レイプ被害者緊急外来
 ストックホルム南総合病院は、当初は性暴力被害を受けた女性に24時間対応していましたが、2015年からすべての被害者を受け入れています。スウェーデンはレイプ被害者の人数割合は世界で一番多いのですが、レイプの数え方が違っていて、同一人物間のケースであっても1回あればそれを1回と数えます。夫婦間で繰り返し性的な暴力を受けた場合、3回あれば事件が3回あったと数えるわけです。
 スウェーデンでは、何よりも被害者が相談しやすい、それほどためらわないで相談できるという状況があります。このセンターは、最近『Black Box』を出された伊藤詩織さんがインタビューに行かれて、女性の被害者の対応を中心にレポートされています。スタッフとして医者、看護師、助産師、心理士、カウンセラーがいて、365日24時間体制で、かなり手厚い形で対応がされています。看護師が被害者に付き添って、けがの治療や妊娠やHIVを含む性感染症への対応もしています。
 センターの名称はレイプ被害者緊急外来(AFV)で、診察や検査はすべて任意で、途中で中止することも可能です。被害者が法的手続きをする場合は、証拠のための検査も実施します。もちろん被害者の同意を得て、被害者が望む場合にすることです。スタッフが警察に通報するよう勧めることもありますが、通報を強制することはなく、本人の意志を尊重します。ただ、スウェーデンでは被害者の半分以上が警察に行っています。日本の場合は被害者の4パーセントくらいしか警察に行っていないというデータもあるようです。我々が行った時も、被害者の女性と同行者の方がおられたのを目撃しました。中では治療と同時にカウンセリングもできる体制です。もちろんキットも完全にそろっています。

レイプ被害者としての男性をめぐって
 アメリカのデータでは、70人に1人くらい男性のレイプ被害者がいるようです。女性は20パーセントくらいと言われています。伊藤詩織さんがAFVに行った時は1年で男性の性暴力被害者は38ケースだったそうです。ぼくたちが行った時は10ヶ月で35ケースと聞きました。少し増えています。
 レイプは「魂の殺人」ともいわれます。女性被害者のおかれた状況については、さまざまなレポートもだされています。女性とはやや異なるとはいえ、男性の場合も、自分の存在が不安定になるくらいショックを受け、戦闘経験をした男性よりも高いPTSDが観察されると、担当医は言っていました。
 レイプ被害を受けた女性の対応の充実とともに、男性やLGBTへも対応を広げることは大変重要だと思います。被害者は圧倒的に女性ですが、男性被害者も存在する。こうした被害者を見捨てるわけにはいきません。だからこそ、スウェーデンでは対応しているわけです。
 男性は、自分が性暴力の被害者になることを想像していないことが多いと思います。被害者になることを想像していない男性たちに、男性被害者の存在を伝えることは、自分が被害者になる可能性への想像力につながるだろうし、女性被害者に対する想像力ともつながっていける部分があるのではないかと思っています。
 日本における男性対象の性暴力やセクシャル・アビューズの問題を考える時には、いじめの問題とつなげて考える必要があると思っています。日本でいじめとして処理されている、特に男子間の暴力のなかに、かなり性暴力やセクシャル・アビューズにからんでいるものがあるはずだと思います。
 自殺した男の子のケースを1996年に書いた『男性学入門』で追跡しているのですが、手記を読むと、ペニスにいたずらされたなど、性的ないたずらが自殺のきっかけになっているケースが少なからずあるようです。ジェンダーやセクシュアリティの問題でいじめの問題を考えることもこれからは必要でしょう。このような男性・男子の性暴力被害の問題を考えることも、性暴力をなくしていく議論と重なりながら、問題解決のための可能性を秘めているのではないかと思っています。

「ホワイトリボンキャンペーン」の可能性
 女性に対する暴力やセクシャルハラスメントへの注目はアメリカでは1970年代後半くらいから動いていますが、暴力の問題は、国連で本格的に動き始めたのは1993年の「女性に対する暴力撤廃宣言」以降だと思います。1995年の北京女性会議で急激に広がりますが、ここでは性暴力が性差別を支えているという視点がありました。加害者の多くは男性なのですが、男性の多くは自分にはかかわりのないことと考えがちです。性暴力もそうですが、自分の課題になる問題ではないと思っているところが、男性たちがこの問題に鈍感な理由の1つだろうと思います。男性にとって無関係な問題ではなく、男性自身の課題としての女性に対する暴力問題を、男性から考えそれを撤廃させていく、というのがホワイトリボンの趣旨です。
 この運動の契機になったのは、1989年のある事件でした。モントリオール工科大学で、いわゆる「フェミニスト殺し事件」が起こったのです。25歳の男が大学に侵入して女子学生だけ選んで14人殺したのです。「おまえたちは皆フェミニストだろう」と叫びつつ殺害していったといわれます。つまり理科系の大学で学んでいる女はフェミニストに違いない、生意気だ、殺してしまえという論理です。本人はその後自殺します。
 この事件に衝撃を受け、マイケル・カウフマンさんをはじめとしたカナダの男性たちが、女性に対する暴力反対の動きを広げようということで始まったのが「ホワイトリボンキャンペーン」です。今、世界50から60くらいの国に様々な形で「ホワイトリボンキャンペーン」が行われています。
 日本でも、この運動をという声が何度か生まれたのですが、なかなか進みませんでした。2012年頃、関西の女性たちがホワイトリボンキャンペーン関西という運動を内閣府の助成金で開始します。関西の男性たちを巻き込みつつ少しずつ運動は広がりをみせました。ぼくは、2014年頃から、この関西の運動を中心になって担ってこられた多賀太さんや他の男性の研究者と一緒に、男性対象のジェンダー政策の先進事例研究を開始しました。その調査の一環として2015年3月にシドニーのホワイトリボンの中央事務所でインタビューしました。このインタビューをきっかけに、関西だけでなく日本全体でホワイトリボンを広げようということになりました。ファザーリングジャパンの運動を展開して来た安藤哲也さんと、ぼくと多賀さんの3人を共同代表という形で、2015年の暮れに大阪で「ホワイトリボンキャンペーン ・ジャパン」が産声をあげました。その後も、セミナーや討論会、ラジオ番組でのキャンペーンやチャリティーコンサートなどを行ったりしてきました。2016年5月にはマイケル・カウフマンさんを招いて、大阪、京都で講演会を開催するとともに、東京ウィメンズプラザでも講演会と東京でのホワイトリボンキャンペーン発足の宣言をしました。ホワイトリボンキャンペーンの運動については、多賀・伊藤・安藤の共著『男性の非暴力宣言』(岩波ブックレット)を参照してください。

男性への政策の必要性
 ジェンダー平等社会、平和で非暴力な社会を考えた時に、女性のエンパワメントに向けた施策の一層の充実は、もっともっとやらなければいけないと思います。日本は本当に遅れています。同時に、もうひとつのジェンダーである男性への施策をどうつくっていくかということも、考えなければいけないと思います。
 男性の加害者の問題も含めて男性相談を政府に提案しました(第三次基本計画には、男性相談が政策として立てられています)。時には、女性団体の人たちから「女性相談も不十分なのに男性相談にお金を出すなんて、ナンセンスだ」と批判されたこともありました。こうした批判もあるだろうと、「お金を出す必要はない、既存の相談、自殺の悩み相談やメンタルヘルスの相談は男性相談なので、月曜日は男性相談と書いてもらえばいい」、「お金はかけなくてもやれる」と言い続けています。女性のエンパワメント支援や女性への相談をさらに充実させることは何よりも重要です。と同時に、ジェンダー平等社会、暴力のない社会の達成に向けて、男性というジェンダーにターゲットを向けた相談事業をきちんと進める必要もあるのではないかと思います。
 加害者男性も結構相談に来られます。ぼくたちの経験では、夫に殴られている妻が「あなた、行きなさいよ」と言って電話相談や加害者相談に来るケースも少なからずあります。スウェーデンの行政機関が気がついたように、ジェンダー平等の動きのなかで男性の危機状態も生まれている。それに対して何らかの対応、少なくとも公的相談を通じて、男性たちの悩みを聞いてあげることがまずは必要ではないかと思います。

男性の被害者の問題
 また、男性の被害者の問題も重要です。被害者は女性と比べれば少ない。しかし、現実に存在しているDVやレイプの男性被害者にどういう対応をするのか。政府のマニュアルには一応男性被害者についても書かれている。けれど、具体的な方法は十分には示されていない。大阪府は「配偶者暴力防止センター」でも相談を受けているそうです。ただ、男性も相談に来るということになると、なかには相談を忌避してしまう女性も出て来るかもしれない。できれば別の施設を活用した方がいいだろうという議論もあります。
 大阪府では男性被害者に最初に対応した時、病院で相談を受けて、保護施設がないので高齢者施設に預けたと聞きました。お金をかける必要はないけれど、少なくともどういう対応をしたらいいかということだけは準備しておく必要があると思います。対応策の共有も必要でしょう。
 ジェンダー平等社会の実現のためには、男性のマジョリティを巻き込んだキャンペーンが必要です。ダン背を巻き込む形でジェンダー平等と性暴力、DVを無くしていく動きをしていく必要があります。ホワイトリボンキャンペーンはその一歩として動き始めているわけですが、なかなか広がりません。
 EUや国連では、21世紀に入ると男性対象の政策がかなり動き始めています。EUでまとめた男性対象のジェンダー政策のレポートに書かれているCaring Masculinityという言葉も広がっています。ケアする男性性ということですが、ケアすることは単に介護や育児をするだけではありません。他人の身体や生命に十分に配慮するという経験が男性には欠けている。そういう経験をすることが、男性を暴力から自由にさせることにつながるのではないかという視点があるように思います。
 僕は最近Cared Masculinityもいるかなと考えています。ケアされる男性はケアされる能力がない。多くの男性は、実はいろんな形で女性や身の回りの人に依存しているにもかかわらず、依存を認めないまま要求だけするケースが目立ちます。これも、男性をめぐる大きな問題です。ケアされる能力、威張らずにケアを受け入れながら親密な関係のなかで他者と共存するという生き方が男性には必要なのではないか。ケアと男性性という議論も、暴力の問題と絡みます。この間、NHKの番組で、育児をする男性はテストステロンが下がると言っていました。本当かなと思いましたが、本当だったらケアと暴力の問題は関係するのではと思っています。
 今日はありがとうございました。

西田
 ありがとうございました。では、猪飼先生、よろしくお願いします。


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